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『断捨離流 素敵な出逢いがやってくるモノの捨て方』は、捨ててはいけないモノも教えてくれる

2020年2月16日

断捨離難民の行き着く先は

生活しているうちに、モノっていつの間にか増えてしまいますよね。
床にあるものをどかしてから掃除機をかけるよりも、そもそも床に何もないルンバブルな部屋にした方が、どかす手間が減って楽なのは重々承知しています。
でも、毎日フルタイムで働いていると、週末は溜まった家事をこなすのに精いっぱい。
とくに子供が小さいうちは、片づけたそばから散らかしていくという無限ループに、心を折られます。
それでも、ごちゃごちゃした部屋を見るたびに気が重くなる毎日から逃れたくて、少しずついらないモノを減らしてきました。

くじけそうなときには、辰巳渚さんの『「捨てる!」技術』、やましたひでこさんの『新・片づけ術 断捨離』、こんまりさんこと近藤麻理恵さんの『人生がときめく片づけの魔法』、池田暁子さんの『片づけられない女のための今度こそ!片づける技術』、ゆるりまいさんの『わたしのウチには、なんにもない』など断捨離本、ミニマリスト本を読んで、モチベーションを上げてきました。

子供が大きくなったこともあり、我が家も少しずつきれいになり、友人からは「ウチと違って片付いているね­」と言われるまでになりました。
ベッドを処分して、ミニマリスト御用達のマットレスを購入したりもしました。

以前と比べると、モノの量は格段に減り、最大限に散らかつた状態から15分もあればリカバリーできるくらいになりました。
でも、だからといって断捨離が完了したとは思えませんでした。

そう、残っているものはまだ書けるボールペン、年に2∼3回くらいは使う食器、思い出の品、プレゼントされた品、ブランド品、名刺、電化製品の付属品、どこのかわからないなど、処分を後回しにした「あ一、アレ、なんとかしなきゃいけないんだよな­」と見るたびに心が重くなるような厄介なものが残っているのです。
こうしたモノは、いくら片づけのモチベーションを上げても、片付くものではありません。
「いつか片づけなきゃ」と思いつつ数年の年月がたち、10冊以上もの片づけ本を読んだ果てに、ようやく片づけることができたのは、やましたひでこさんの『断捨離流 素敵な出逢いがやってくるモノの捨て方』を読んでからでした。

この本は、アイテム別の捨て方が指南されています。
ただ捨て方が書いてあるだけでなく、なぜそれを捨てられないのか分析し、モノとの関係性の再構築を提案したうえで、捨て方を提案しているので、気持ちを納得させて捨てることができます。
さらに、同じパターンのモノも併記しているので、応用が利くのもいいところです。

捨て方の具体例

たとえばブランド品。
捨てられない理由は「もう二度と持てないし」という気持ちだと分析しています。
ブランド品を捨てられないのは、「だって、高かったんだから」という気持ち。
それはつまり、「値段分使い切った」という満足感がないから。イコール「自分にとって高価すぎた」という実感がどこかにあるから。
そして、「もう二度とこんな高価なモノは買えない」という先細りの未来を見ているから。

…もう、ぐうの音も出ないくらいめった切りです。

モノとの関係性の再構築では、
例えば「ブランド品は永遠の定番だから」といって娘にあげようとしている人、自分の娘が古びた、かつてのお気に入りバッグを持って仕事に行く姿を想像できますか?と問いかけます。
どんなに高価なモノでも、賞味期限があります。
「買った時の価格」を外して見たとき、とっておきたいという気持ちは「そのモノが好き」で『使わなくても、ずっと見ていたい」のかどうか見極めましょう。
「もったいないから」と価値基準をモノに置くのではなく、「好きだから」という私基準に戻しましょう、と説きます。

そのうえで、捨てることに抵抗があるなら、リサイクルショップに持ち込んでみましょう、と、捨て方を提案します。
いくらブランド品でも高価格がつくのはまれ。現実を知ることで手放す弾みをつけましょう、と、どこまでも容赦がありません。

同じようなモノとしては、「毛皮/着物」「シリアルナンバー入りの小物など」をあげています。

ここまで容赦なくめった切りにされると、自分に言い訳できなくなり、処分するしかないですよね。
私はもともとブランド品はほとんど持っていないのですが、この項を読んで、金具が欠けたバッグ、着る機会がなくて1回しか着ていない皮のコート、色あせた服を処分できました。

考えてみると処分したブランド品は、ここ数年1度も使っていないんですよね。
ブランド品のように存在感があるものを死蔵していると、「ブランド品を使いこなせていない残念な私」と知らず知らずに自分を卑下していたことが、処分してから分かりました。

捨て方より大切な、『捨ててはいけないモノ』の見極め

しかし、この本の真骨頂は『捨て方』ではなく、『捨ててはいけないモノ』の紹介です。
それは、『子どもの”宝物”』

それも、通信簿や賞状などの親から見た子どもの宝物と、子どもが大切にしている子どもにとっての宝物(虫を含む)のどちら 捨ててはいけない と書いています。

まず、親にとっての「子どもの宝物」である通信簿や賞状、身体測定の結果などは、成長の記録として、そして子供にとっても「子ども時代の勲章を、親が宝物として残しておいてくれた」という記憶そのものが宝物になることがあるとしています。
しかしそれらも親が死ぬまで保管するのではなく、ある程度の年齢になったら「取っておくのも捨てるのも、あなたの選択」と、子ども自身にゆだねましようとしています。

そして問題の、子供にとっての”宝物”
これこそ勝手に捨ててはいけないとしています。
我が家の子は、この項を読んで、「そうそう、その通り!」と叫んでいました。

ただ、私もそうですが、虫だけは勘弁して、と思う人も多いですよね。
そんな時は、「卵も含めて、生き物は宝物にしない」という最低限のルールを守ってもらいましょうと提唱しています。
私も子どもの頃、カマキリの卵を『宝物箱」に入れて、大変なことになった記憶があります。

我が家も、親の考える「子どもの宝物」と、子ども自身の「宝物」が、大きな衣装ケースに3個くらいあります。
しばらくはそのまま保管して、子どもが高校卒業を機に、親子で見直そうと思います。
期限を決めると、気持ちもスッキリします。

要らないモノを捨てた先に見える風景

要らないモノを捨てると、心が軽くなります。
捨てて初めて、「いつか何とかしなくちゃ」という思いが心に重くのしかかっていたことに気づきます。
これはもう、いくらその心境を文字で説明しても、実際に体験しなければ分からないことだと思います。
我が家はようやく、すべての気になるモノを処分しました。
ここまで来るのに、『断捨離流素敵な出 いがやってくるモノの捨て方』を読んでから、2年かかりました。
それだけ、モノとの絆を切るのはエネルギーが必要なのです。

これからも我が家には様々なモノが入ってくることでしょう。
また再び、処分するには厄介なモノも出てくることでしょう。
でもそうしたモノも、買った時には必要だと思って買ったわけです。
モノを捨てるにはエネルギーが必要だと身に沁みて分かったからこそ、モノを買うときには吟味して、不必要なものは買わない。
買ったモノはしっかりと使って、使い切って、気持ちよくさよならしたい、と思うようになりました。

モノと向き合うことは、自分の生き方と向き合うこと。
これこそが、要らないモノを捨てた先に見える風景なのです。


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