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煉獄さんの幸せな夢と、無意識領域について考察してみた

傷ついた心を 叩いて叩いて 立ち上がる人

煉獄さんの「幸せな夢」

無限列車において、下弦の壱・魘夢は、炭次郎達に血鬼術により、幸せな夢を見せます。
しかし煉獄杏寿郎だけは、「幸せ」とは言えない夢を見ており、違和感を感じます。

杏寿郎の夢については、人によって解釈は様々ですよね。
杏寿郎は家族を大切にしていたから、どんな形であれ家族と過ごした日々が、幸せだったんだ、とか。
煉獄零巻で、杏寿郎は父・慎寿郎が自分に冷たいのは「死んでほしくない」想いがあるのかもしれないと気づいているので、「柱になったからなんだ。どうせ大したものにはなれないんだ。お前も俺も」という言葉も、息子を死なせたくない親心から来ていると感じているから、とか。
そもそも、門前払いを食らわされて、柱になった報告すらさせてもらえなかったから、報告ができただけでも幸せだとか。

DVD・Blu-ray限定版の特典『鬼殺隊報』中の声優座談会では、次のように語られています。

平川:もしかしたら炭治郎や善逸、伊之助のような少年たち……若い鬼殺隊士に対しても、弟を見るような目線があるのかなと。弟と重ねて見ているのかもしれないなと僕は思いました。煉獄の『夢』は切なくも良いシーンだなと印象に残っているのですが、魘夢は幸せな『夢』を見せようとしているわけで、あれが幸せな『夢』だと思うと……。
松岡:そこなんですよね。あれが煉獄さんの幸せな『夢』だと思うと、彼はどんな人生を生きてきたんだろうと思ってしまいます。

劇場版鬼滅ノ刃 鬼殺隊報

ところで、実は煉獄さんと炭治郎の夢って、似ているんです。
善逸と伊之助は、本当に夢らしい夢。
自分の願望を素直に夢に見ています。
一方煉獄さんと炭治郎は、夢でありながらも現実をベースにしています。
煉獄さんは母を、炭治郎は父を亡くしていますが、夢に彼らは出てきません。
本当なら、炭治郎なんか父親やおばあちゃんが生きていて、幸せに暮らしている時代の夢をみたって良さそうなものですが、そういった夢は見ません。
それは、彼らは病気で亡くなっているから、定命が尽きて亡くなっているからなんですね。
炭治郎の夢は、あの日、家族が惨殺された日に戻ります。

本当ならずっとこうして暮らせていたはずなんだ、ここで
本当ならみんな今も元気で
禰豆子も日の光の中で、青空の下で
本当なら、本当なら、俺は今日もここで炭を焼いていた
刀なんて触ることもなかった
本当なら、本当なら

鬼滅の刃 7巻

煉獄さんも、母が生きていて、父も優しく頼もしかった時代の夢は見ません。
彼の場合も、柱になることによって父が昔のように戻る都合のいい夢を見るはずだったのかもしれません。
しかし、精神の核への攻撃を防ぐほどの鋭い感覚を持った煉獄さんは、気にかかることがあったから、そのヒントになるような夢を見たのではないでしょうか?
そう、「ヒノカミ神楽」です。

炭治郎が「ヒノカミ神楽」について尋ねた時、煉獄さんは「ヒノカミ神楽という言葉も初耳だ!君の父がやっていた神楽が戦いに応用できたのは実にめでたいが、この話はこれでおしまいだな!」と会話を打ち切ってしまいましたが、忘れてしまったわけではありませんでした。
その証拠に、煉獄さんは遺言で炭治郎にこう伝えます。

俺の生家、煉獄家に行ってみるといい
歴代の炎柱が残した手記があるはずだ
父はよくそれを読んでいたが俺は読まなかったから内容がわからない
君が言っていたヒノカミ神楽について何か記されているかもしれない

これ、今際の際に言っているんですよ!?
しかも、弟や父への遺言よりも前に。出血多量でいつ話せなくなるか分からない瀬戸際に!
どんだけ責任感が強く、人を思いやれる人なんですか、あなたは!

炭治郎が塁戦で走馬灯を見て迫り来る死を回避する方法を見つけ出したように、炭治郎が夢の中の違和感を禰豆子の箱や父親の言葉として認識したように、煉獄さんも魘夢により強制的に夢を見させられる環境を利用して、「ヒノカミ神楽」についての手がかりを自分の中から引き出したのではないでしょうか?

追記:
鬼滅の刃 豪華版パンフレットでは、最初に鬼2体を倒す夢が、煉獄さんの夢だと書かれていたようですね。
アレは、4人が見ていた夢だとばかり思っていました。
確かに、見どころのある継子が3人もできて、自分を慕ってくれたら、煉獄さんにとって最高に幸せな夢でしょうね。

煉獄さんの無意識領域

煉獄さんの無意識領域も、「幸せな夢」と同様、違和感を感じるものでした。
石畳に炎が燃え盛っている光景は、戦場のようでどこか殺伐としています。

ところで、DVD・Blu-ray限定版の声優さんへのインタビュー映像に、見た頃のない画像が写っていました。
煉獄さんの無意識領域に似た画像です。

空が暗く、石畳も黒く描かれていて、闇夜に業火が燃え盛っているよう。
まるでキラウエア火山のような光景です。

多分、煉獄さんの無意識領域の別パターンの画像が、わざとか手違いかはわかりませんが、収録されたのでしょう。
炎のデータは採用された画像と同じなのでしょうが、背景が変わると印象が全然違います。
映画の無意識領域は、どこか寂しさ、殺伐さを感じさせる光景でしたが、ここに収められていた映像は、まさに何者をも燃やし尽くして浄化する、『(カトリックにおける)煉獄の業火』。
精神の核も白い閃光を放っていて、寂寥感などカケラもないものでした。

パンフレットには、煉獄さんの無意識領域は明るくイメージしたが、空が曇っているところで彼の屈託を表現した、みたいなことが書かれているらしいですね。
映画に収められたバージョンは全然明るく見えず、むしろ焦土のような、自分の夢も希望も将来も何もかもを燃やし尽くして鬼に対峙している殺伐とした印象を持ちましたし、特典に収められていた映像は、明るいというより、勇ましく燃え盛る炎で、明るいというのとはちょっと違う感じ…

いずれにしても、実際に採用された煉獄さんの無意識領域は、製作者の意図がどうであれ、多くの人はあの光景に寂しさや寂寥感を抱いたと思うのですよ。
でも、逆にそれが良かったのかもしれません。
煉獄さんは普段は明朗快活な好漢ですが、夢の中の「頑張ろう! 頑張って生きていこう! 寂しくとも!」というセリフと、無意識領域の光景によって、煉獄さんの中の寂しさや苦しみが垣間見えます。
これによって、落ち込んだり傷ついたりすることもあるけれど、自分一人で全部それを飲み込んで昇華させ、懸命に前を向いて歩んでいる人物であることがうかがえ、人物像に深みが出たように思えます。
だから多くの人が彼の死に涙したのだろうと。

ところでこれも『鬼殺隊報』に書かれていたのですが、劇伴音楽作曲の椎名豪さんは、猗窩座戦では煉獄さんは自分自身と戦っているような印象があったため、TVシリーズで「感謝するシーン」で使っていたメロディを入れたのだとか。
柱合会議で鱗滝さんの手紙が読み上げられるシーンに使われたメロディです。

煉獄さん…
確かに「母上、俺の方こそ 貴女のような人に生んでもらえて光栄だった」って言ってましたけど、どんだけ高潔な精神の持ち主なんですか…

煉獄さんの家族に対する感謝の気持ちを描きつつ、お母さんとの思い出が原動力となり、最期の力を振り絞ることができる。そういうところは個人的にもこだわったところです。

『鬼殺隊報』 インタビュー/椎名豪


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