<!-- もしもアフィリエイトでかんたんリンクを貼る時、 レスポンシブを有効にするためのタグ-->

『白河夜船』で現実逃避からの帰還

ばななワールドに浸って、疲れた心を癒す

緊急事態宣言により、数日後に図書館が閉館することが決まりました。
いつか読もうとリストアップしていた本のうち、すぐに借りられるものを予約し、閉館前日に受け取りに行きました。
そして家族のカードも使って、借りられるだけ本を借りておこうとしたのですが…

何を借りよう?

在宅で仕事をしながら、読書三昧。
それは、憧れの暮らしだったはずです。
確かに最初は楽しかった。
でも、終息の時期がわからず、そして終息した時には経済がどうなっているのか想像もつかない毎日は、知らず知らずのうちに心を疲弊させていたようで、私は「この本を読みたい」という意欲を全く失ってしまっていたのです。

図書館内をさまよい歩いても、何も興味がわかない…
これはヤバイ、と思いました。
なんとか心を立て直さなくては。

ふと、『小泉今日子書評集』でかつて大好きだったことを思い出した吉本ばななの本が、目にとまりました。
今までの私にとっては彼女の本は、「余裕のある時」に読む本でした。
ですが、今の私には、本を選ぶ気力すらない…

私は気に入った小説があると、その作者の本は全部読み、さらに関連書籍まで読み漁り、徹底的にその作家と関わる方です。
ですが、吉本ばななに関してだけは、なぜか、読みたくなった時にたまたま手に取った本を1冊ずつ読んでいました。
それは、彼女の世界観が独特で、私はゆっくりとしか消化できないからかもしれませんし、世界観が好きすぎて、急いで消費するのが惜しかったからかもしれません。

今は心に余裕がありませんし、そんな時に大切な本を一気に読むのは危険かもしれない。
でも、もしかしたら私を救ってくれるかもしれない。

博打に賭けることにした私は、図書館にある吉本ばななの本をありったけ借りてきました。
さて、吉と出るか、凶と出るか。

白河夜船

この短編集全体が「眠り三部作」と言われているらしいですね。
眠りと死についての短編集です。
『白河夜船』『夜と夜の旅人』『ある体験』の3作のうち、『白河夜船』は確かに読んだ覚えがあるのに、ほかの2編は読んだ覚えが全くありません。
一度読んだ本はほとんど覚えている私としては、珍しいことです。

そういえば吉本ばななの本は、ストーリーを覚えていることが少ないです。
「物語」が何よりも好きな私が、「物語」よりも「世界観」の方に愛着がわく数少ない作家が、吉本ばなななのかもしれません。
だから私は吉本ばななの本が好きで、その本を消費してしまうのを惜しんでいたのかもしれません。

白河夜船の主人公の寺子は、時間さえあれば寝ている女です。
彼女は、植物人間状態の奥さんがいる岩永と不倫をしています。
寺子の親友で、「添い寝屋」をしていたしおりは、客たちの心の寂しさに飲み込まれるように死んでしまいましたが、寺子は彼女の死を岩永に話すことができません。
罪悪感と寂しさが、寺子の心を侵食していきます。

不安が心を侵食している今、読んでよかったなーと思いました。
前に読んだ時は寺子もしおりも今ひとつピンとこなかったのですが、今は彼女たちの苦しさがよくわかります。

ひとり自分の中にある闇と向き合ったら、深いところでぼろぼろに傷ついて疲れ果ててしまったら、ふいにわけのわからない強さが立ち上がってきたのだ。

残念ながら『白河夜船』を読んだだけではその境地には至りませんでしたが、5冊借りてきた吉本ばななの本の中から『白河夜船』を最初に選んだのは、無意識に内容を覚えていて、今の私にはこれが必要だと選んだとしたらすごいですよね。

外向きの心と内向きの心

『ある体験』では、主人公の文は、毎晩酔いつぶれて眠る直前に、遠くにかすかに至福の歌を聴きます。
文の恋人の水男は、死者が文に何かを伝えたいのだといい、霊媒の元に文を連れていきます。
霊媒は生者である文と死者を、不思議な部屋で面会させます。
ただし、ドアから外へ出てはいけないといいます。
戻ってこなかった人もいると…

文が霊媒により面会室へと誘われ、好奇心にかられ、「開けてはいけないドア」に触るシーンがあります。
ドアノブに触れただけで、外にはものすごいエネルギーが渦巻いていて、面会室はその中にあって結界のようになっており、ドアの外の世界を本能的に恐れていることを感じます。

そして、人によってはここでこのドアを開けたくなってしまうことも、よくわかった。
水男もきっとそうだったろうということが。
何人もの人が出て行ってしまい、きっとそれっきりになっているのだろうことも。

吉本ばななの主人公は、内向きのように見えて、実は他者との関わりをいつも考えています。
私もこのドアに触れたらきっと、恐れと共に開けたい気持ちが湧いてくると思いますが、私の場合はなぜ開けたいと思ってしまうのか、自分の内面の方を考えてしまうと思います。

小説を読む楽しみの一つは、ほかの人の人生を疑似的に生きられることですが、せっかく生きるのなら、自分と異なる考え方の人物になりたいものです。
吉本ばななの小説は、私と違う考え方の人の人生を、心地よく体験させてくれるから、大好きなのかもしれないと思いました。


リクエスト受付中です!
記事下のコメント、お問い合わせフォームツイッターのDMなどで、お気軽にご連絡ください。