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『息吹』私たちの「意思」に関する珠玉の短編集

意思も時間も変えられないかもしれないけれど、だからこそ自分で選択する必要がある

世界的SF作家、テッド・チャン。
よくこれだけ多彩な内容の話を考えられるものだと思います。
タイムトラベルや地球外生命、AI、パラレルワールド…
哲学的な内容の話も多かったです。

9編の中から特に印象に残った2編を紹介します。

『予測される未来』

「予言機」と呼ばれる器具が発明された未来の話です。

「予言機」は、車のキーレス・エントリーに似た装置で、ボタンと緑のLEDが付いています。
ライトは、ボタンを押す1秒前に光るよう作られています。

え? 1秒前?

そう。光を見る前にボタンを押そうとしても、押す1秒前にライトが光るし、ライトが光ってから即座にボタンを押そうとしても、どんなに急いでも1秒経過するまではボタンを押すことができないのです。
ライトが光ってもボタンは押すまいと心に誓って光るのを待ち構えていても、いつまでたってもライトは光りません。
「予言機」は、「未来が変更不可能」なことを示しているのです。
「予言機」を手にした人間は、自由意志など存在しないことを実感し、自発的に行動することをやめてしまう人まで出てきましたーー

この話を読んで、ベンジャミン・リベットの実験を思い出しました。
テッド・チャンもきっと、彼の実験からインスピレーションを得て、この短編を書いたに違いありません。

リベットの実験では、人間は「◯◯しよう」という意思の前に脳内で準備していることが明らかになっています。
リベットは、被験者に「今だ」と意識した瞬間に手を動かしてもらい、脳の電位変化と比べてみました。
すると、「今だ」と意識した瞬間よりも早く、脳の中では動作のための準備電位が立ち上がっていたのです。

私たちは何か動作をするときは、動こうという意思⇒脳内の準備⇒動作と思っていますが、実際には脳内の準備⇒意思⇒動作の順番なのだそうです。
自分で動かそうと思うよりも早く脳内では動作の準備をしているということは、私たちの自由意志は存在しないに等しいということです。

私がこの文章をタイプしているのも、あなたがこの文章を読んでいるのも、自由意志ではなく、あらかじめ脳がセッティングしているかもしれないのです。
「予言機」とは違い自分の脳が動作をセッティングしているので、これも私たちの意思と言えなくもないですが、私たちの行動の8~9割は無意識に行なっているという話もあり、自由意志とは何かを考えさせられます。

『不安は自由のめまい』

一種のパラレルワールドの話です。

「プリズム」と呼ばれる通信装置が、物語の中核をなしています。
プリズムを起動させると、装置内で量子測定が行われ、二個の酸素分子が衝突するか、すれ違うかを決定します。
(何を言っているかわかりませんよね。大丈夫です。この原理は重要ではありません)
酸素分子が衝突するかしないかの小さな差異は極わずかに大気の流れを変え、1ヶ月後には地球全体の気象が変わってきます。
プリズムの数だけ分岐は生じますが、分岐した並行世界には、対応するプリズムによってしかアクセスできません。

登場人物たちはプリズムを通して、分岐世界の自分(パラセルフと呼ばれている)と会話して情報を交換できます。
あのときプロポーズを受け入れていたら? 仕事のオファーを断っていたら? 親友を裏切らなかったら?
パラセルフには彼女がいるけど、自分にはいない。パラセルフは健康体だけれど、自分はガンを患い、余命いくばくもない。

パラセルフがこちら側の自分より幸せだったら嫉妬したり、プリズムに依存する人も出てきて、自助グループも立ち上がっています。
一方、未来の自分がより良いバージョンになるよう、より良い選択をし始める登場人物もいます。

雑な作りのパラレルワールドものが多い中、テッド・チャンの作品は論理の破綻を気にすることなく、安心して読めますね。

パラレルワールドの自分とコンタクトを取れたとしたら、きっと私もこうするであろうこと、陥ってしまうであろう落とし穴が書かれており、身につまされました。

最後の主人公の行動の背景となる考え方は、道徳的すぎるきらいがありますが、分岐してしまった世界を見たからこその選択なのかとも思います。
読後感は、ディケンズの『クリスマス・キャロル』を読んだ後のように、他人に優しくしたくなります。


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