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宇髄さんが転生できた理由

地獄できっちり罪を償ったから

鬼滅の刃第205話(最終話)『幾星霜を煌めく命』は賛否両論ありますが、私はこの話を読んで救われた気持ちになりました。

もちろん、作中で炭治郎が「失った手足が戻ることもない!!」と叫んだように、鬼滅の刃という物語は、奇跡が起きない世界、失った手足も、喪った命も戻ることのない残酷な世界であり、だからこそ儚く美しく、誇り高いという世界観の基に構築されています。
それが最後の最後になって、子孫はともかく、転生を匂わせるような内容って…
という気持ちも分かるのですが、そんな残酷な世界で精一杯生きて散っていった人たちの、あったかもしれない未来のようなものを垣間見ることができて、とても嬉しく思いました。
特に炭彦と桃寿郎くん!
炭治郎と煉獄さんって、絶対気が合うだろうと思っていたんですよ。
どちらも心根がまっすぐで美しく、でもちょっと周囲と会話が噛み合わないところとか似ていますし、炭治郎が継子になったら、絶対いい師弟関係を築けただろうなって。
それが師弟関係どころか、対等な友人だなんて…!
しかも桃寿郎くんの性格は、杏寿郎が、しがらみや責務や家庭の問題を抱えていなければこう育ったのかな?と思わせるようなもので、もう、もう、尊すぎる……!!

子孫と転生っぽい人たちが混在するのと、性格や性別さえ違う人もいるので、ちょっと軸が曖昧なのですが、そこはまあファンサービスとして、深く考えないでおきましょう。
私の解釈では、子孫も含めて全員転生していると考えています。

理由は、元・鬼が誰一人登場していないこと。
鬼滅の刃の世界では、鬼になり、人を一人でも殺せば、地獄行きが決定です。
鬼になりたくてなったわけではなく、鬼化して飢餓状態にあったから人を食べたという、本人の責とばかりは言えないような状況でも、問答無用で地獄行きです。
これは、不死川兄弟の母親の事例で明らかです。
第204話『鬼のいない世界』の表紙は、亡くなった人たちが炭治郎と禰豆子の横を歩んでいる絵なのですが、珠代さんだけ逆方向に歩いているんですよね。
これはおそらく、珠代さんだけ地獄に向かって歩いているんだと思います。
鬼舞辻無惨討伐の一番の功労者と言っても過言ではないほどの功績を遺した珠代さんは、この一事だけでも人を食べた罪を許されそうなものですが、罪は罪として償わなければならないようです。

ところで、鬼殺隊士で人を殺したことのある人物が一人います。
宇髄天元です。
宇髄さんは、父親により、そうと知らされずに弟妹と戦わされ、命を奪ってしまいました。
宇髄さんの場合は、命令により敵と信じて戦って命を奪ったので、戦争で敵兵士を殺したような扱いになるのかもしれないので鬼とは事情が違うかもしれませんが、ともかく無事に転生を果たしてくれていたので、ホッとしました。
現代編に宇髄さんだけいなかったら、もう、心のダメージが酷すぎましたよ。
吾峠先生、ありがとう…!

ここからは、深読みしすぎの考察をします。
なぜ彼らが揃って転生したのが、現代なのか?ということについてです。

皆様の考察は素晴らしく、鬼滅の刃の時代設定はほぼ解明されています。
第1話「残酷」は1912年の年末あたりの出来事で、無限列車〜煉獄杏寿郎vs猗窩座は1916年11月18日の深夜から翌日の朝6過ぎ頃だそうです。
となると、最終決戦は1917年の出来事でしょう。
一方、鬼滅の刃最終話は、2020年に掲載されました。
現代編の年代が2020年としますと、最終決戦から103年が過ぎています。
100年以上も経ってから、当時の仲間たちが揃って転生を果たすなんて、そんなことがあるでしょうか?
もちろん現代編はファンサービスの側面が強いので、深い意味はないでしょうが、あえての深読みをすると、人を殺めた経験のある宇髄さんのためではないでしょうか?

宇髄さんは殺人の罪により、いったん地獄に落ちて罪を償ってから転生を果たした。
他の仲間たちは宇髄さんを待っていた、と考えると、胸熱ですよね。


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