<!-- もしもアフィリエイトでかんたんリンクを貼る時、 レスポンシブを有効にするためのタグ-->

食の歴史

やはり将来的には虫を食べる時代が来そう…

前半は人類の起源から現代までの食の歴史についての記述です。
火を利用できるようになった人類は、食物を消化しやすくなり、その結果として脳が発達しました。
やがて農耕が始まり、人類は定住するようになり、灌漑設備を利用するためにさらにかたまって生活するようになり、帝国が誕生しました。
やがて宗教による食事の規制が始まり、交易により新しい食べ物を取り入れるようになりました。

「食の歴史」は、教科書に書かれている「歴史」と密接に関わり合っていることが良く分かります。

個人的に面白かったのが、アメリカの開拓者の話です。
狩はヨーロッパでは上流階級の特権だったため、農民出身の彼らは狩の経験がなく、苦労したのだとか。
『大草原の小さな家』では「父さん」は狩をして家族を養っていたため、開拓者は農地から収穫を得られるまで狩で食いつないでいるイメージがありました。
100人強のピルグリム・ファーザーズのうち、半数が冬を越せなかったそうですが、収穫も、狩もできないとなると、その暮らしは想像を絶する悲惨なものだったでしょうね。
考えてみれば『大草原の小さな家』は、ピルグリム・ファーザーズ達が上陸してから、250年も後の話です。
生活様式が全く違っていても、不思議ではないですね。

メイフラワー号の上陸から150年後の独立戦争の頃でさえ、アメリカ人の栄養状態はイギリス人よりはるかに良かったそうです。
アメリカには、トウモロコシや豚、牛など、豊かな実りと獲物に溢れていたからだとか。
独立戦争の勝敗は、食物が握っていたのかもしれません。

後半は、食の未来がどうなっていくかの考察が書かれていました。
それによると、現在の西側諸国と同様の食生活を全人類が維持するには、食糧生産を引き上げなければならないが、それは不可能である。
一方、肉・乳・卵の消費量と食料廃棄を半減させれば、2050年になっても人類全体を養うことができると説き、昆虫食などについても説明しています。

本書は2020年3月4日が初版であり、原稿が書かれたのは半年ほど前かと推察されますが、残念ながら著者の予測は、食品業界の人間にとっては特に目新しいものではなくなっています。
原稿が書かれた時点では、あるいは日本においては新しい知見であったかもしれませんが、当時でも昆虫食や培養肉についての報道は、少なくとも海外の食品情報誌では毎日のように取り上げられていました。
今や、日本の一般消費者でも「将来的に自分たちは昆虫食を受け入れざるを得ないのだろう」と、おぼろげに感じています。
まさに、ドッグイヤーを超える「ダブル・ドッグイヤー」の時代ですね。

本書の内容とは別の意味で興味深かった点が、もう一つあります。
著者は「知の巨人」と呼ばれ、ソ連の崩壊、金融危機の勃発、2016年の米大統領選挙におけるトランプの勝利などを予測したとされています。
しかし、そんな「知の巨人」でさえ、認知バイアス(思考の偏り)からは逃れられないという見本が、本書です。

アタリ氏は、しばしば「フランスの特異性」として、フランスのみが食に対して特異性(優位性)を持っていると書き、いかにフランスのみが食と、それに付随する会話を楽しむ、人間らしい生活をしているかを語ります。
しかし、彼自身が示すデータでも、とてもフランスのみが特異的とは思えません。
フランスの食に対する若年層の態度に関する調査結果は、ひどいものです。

ここまであからさまな認知バイアスを見たのは初めてですが、多かれ少なかれ私たちは皆、彼のようにフィルターを通して物を見ているという自戒の書にしたいと思います。


リクエスト受付中です!
記事下のコメント、お問い合わせフォームツイッターのDMなどで、お気軽にご連絡ください。