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進撃の巨人を再読した

”自由”とは何か

進撃の巨人は、連載で追っていました。
最後の2年くらいは、テーマが重く、エレンが何を考えているのか分からず、雑誌発売日に2回読んで、あまりに重い話なのでそれ以降は読み返すこともできず、1ヶ月かけて咀嚼し、また続きを読む、そんな日々でした。
最終回を迎えたら一気読みしようと思っていたのですが、最終話に微妙に納得いかない部分もあり、また、読んだら情緒が破壊されて1週間くらい使い物にならなくなりそうで、結局のところ再読するのに1年もかかってしまいました。

以下、盛大にネタバレしています。

”自由”とは何か

通し読みして思ったことは、やっぱりエレンとミカサとアルミン、この3人が主人公だったんだなあということです。
特にエレンとアルミン。
二人とも巨人を継承しますし、”自分が継承すべきではなかった”と悩みもします。
お互いに影響を及ぼしあい、それぞれが世界の命運を決める決断を下します。

”自由”の定義も、二人対照的ですよね。

アルミンの考える”自由”は、私たち一般的な人間が考える自由。
強制や束縛をされず、自分の意思で行動・思考できること。
ただし、選択した結果の責任は、自分で負う。

エレンの考える”自由”は、、、なかなか難しいですね。
エレンは、何ものからも自由でありたいと願っているように見えます。
一方そんなエレンの行動はというと、「未来は既に決まっている」進撃の巨人の世界で、決まった未来への道を辿って行きます。
アルミンが「君のどこが自由なのか」と言ったように、その行動は自由の真逆をいっているように見えます。
連載中はそんなエレンの矛盾に戸惑いましたが、連載終了後の今、改めて読み返してみると、「未来をすべて見れているわけではないが、自分が地慣らしを行うことで、巨人の呪縛からユミルの民を解き放つことができるらしい」から、その可能性にエレンは賭けていたのかなあ、と。
つまり、”巨人の呪いからの自由”を求めて行動していたのかと思うようになりました。

69話でケニー・アッカーマンが呟きます。

酒だったり…… 女だったり…… 神様だったりもする
一族…… 王様…… 夢…… 子供…… 力……
みんな何かに酔っ払ってねぇと やってらんなかったんだな
みんな…… 何かの奴隷だった……
あいつでさえも……

進撃の巨人 第69話

エレンは”自由”に酔っ払ってたんでしょうね……

エレンの重すぎる愛情

それにしてもエレンの愛は重い。

一生オレだけを想っててほしい!!
オレが死んだ後もしばらく……
10年以上は引きずっててほしい!!

進撃の巨人 第139話

ミカサに対する想いも重いですし、世界人口の8割を犠牲にしても104期生を守りたいと願う仲間への愛情も重い。

子供の頃はアルミンしか友達がいなかったというのに、いや、だからこそ、過酷な訓練を共にくぐり抜けてきた仲間たちへの思い入れが強いのかなあ。

そういえば26話で、リヴァイ班とともに巨大樹の森の中を女型の巨人に追われ、援護する仲間を見捨てて馬を走らせる選択をした後、こんなモノローグがありました。

オレは…… 欲しかった 新しい信頼を
あいつらといるときのような 心の拠り所を……
もうたくさんなんだ 化け物扱いは…… 仲間外れはもう……

進撃の巨人 第26話

ミカサのその後について

単行本の描き下ろして、本編終了後のミカサの生涯が描かれていました。
後ろ姿から推測するに、ミカサはジャンと結婚し、子供も設けていたようです。

ネットの反応を見ると、描き下ろしは賛否両論。
特にミカサがジャンと結婚したことについては、否の方が多いように見受けられました。

常々疑問に思っているのですが、作中人物、特に女性が複数の人と交際することに対して否定的な意見を表明する人って、人を一人しか好きになったことがないんでしょうかね?
現実世界で初恋の人と結婚する人って、どのくらいの割合でしょう?
不倫や二股する人も多いというのに、なぜ二次元の登場人物には度を過ぎた一途さを求めるのでしょうね?

好きな人を19歳で亡くした後、一生その思い出に縋って生きていく。
そんな人生をミカサに歩んで欲しいんでしょうかね?